計画最終年度の本年度は、まず、中国雲南省の徳宏地区を中心にした調査で、サルウィン系タイ語で書かれた文書の解読を進め、メコン系タイとの歴史的・文化的相違を一層明確にすることができた。イラワジ流域での調査からは、カレン系言語の全体像を把握することのできる32種の言語・方言を網羅した比較語彙集を完成させた。この中の半数程度はこれまで全くデータのなかったか全く知られていなかった言語・方言であり、世界的にきわめて貴重な成果となっている。また、チン系言語、ナガ系言語、ラワン系言語、カチン系言語、北方モンクメール系言語の調査も進め、タイ文化圏における言語データを一層充実させることができた。こうした調査の中で、長年言われてきた「カチン語群」というグループが全く成り立たない語群であることが明確になるとともに、カチン社会がサルウィン系のタイであるシャン社会にきわめて似た構造を持つ社会であることも次第にはっきりしてきた。同時に、今回調査のできたナガ系の3種の言語は、相互に隔たりがきわめて大きく、彼らをナガ族としているものは一体何なのか、今後解明しなくてはならない課題も浮かび上がってきた。一方、その3種のナガ語の一つ、シャンケ語は明らかにジンポ語との関係が認められ、カチン社会の成り立ちに関して大きなヒントが得られた。つまり、ジンポ族がイラワジ上流域に進出し、先住民族を包摂しながら現在のようなカチン社会を形成していったのではないかと考えられる可能性がある。こうした成り立ちはサルウィン河流域で、シャン族が先住民族を包摂しながらシャン社会を形成していった過程とも類似している。
|