平成21年度は、アメリカ合衆国アラスカ州バローにおいて2009年6月と2010年2月から3月にかけての2度にわたって現地調査を実施し、アラスカ先住民イヌピアットによる先住民生存捕鯨に関する基礎的な情報を収集した。特に、今回の調査では、捕獲されたクジラの肉と皮脂の分配のやり方、春季捕鯨後に実施されるアプガウティ祭りおよび春季狩猟の準備全般に関する情報を参与観察とインタビューに基づいて収集した。また、日本鯨類研究所において先住民生存捕鯨に関する国際捕鯨委員会関係のデータを収集した。これらのデータをもとに、国際条約・協定や国家政策、環境NGOの活動、石油・天然ガスの資源開発、海運・観光活動、地球の温暖化など環境の変化が、アラスカ州バロー村におけるイヌピアットによる捕鯨活動にどのような影響を及ぼしているかについてアクター・ネットワークの視点から分析した。その結果、きわめて不安定な政治経済および自然環境のもとで先住民生存捕鯨が実施されていることが判明した。 さらに、捕鯨に関する文献のデータベースの作成に着手し、既存の文献のレビューを開始した。暫定的ではあるが、捕鯨の研究に関しては、海事史や捕鯨史を中心に膨大な蓄積があるが、現在の先住民生存捕鯨についてはほとんど研究が行われていないことが判明した。さらに、現在のアラスカの先住民生存捕鯨は、先住民の権利としてというよりも、文化的な必要性と栄養学的な必要性から国家によって承認され、実施されていることが判明した。言い換えれば、アラスカにおける先住民の法的な根拠は、1972年の「海獣類保護法」の例外条項であり、1971年の「アラスカ先住民土地請求処理法」(ANCSA)ではないことが明確になった。
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