平成22年度には、海外調査を4回、実施した。2010年4月29日~5月9日、2010年8月17日~9月3日、および2011年1月12日~1月24日には、米国アラスカ州バロー村においてイヌピアットの春季捕鯨および獲物の分配の参与観察や、クジラの解体と分配、流通に関して聞き取り調査を実施した。2010年9月16日~9月25日には米国およびカナダにおいて捕鯨文化研究の動向に関する調査を実施した。また、捕鯨文化に関する既存文献をレビューし、論文「捕鯨に関する文化人類学的研究における最近の動向について」を『国立民族学博物館研究報告』(2011年、35(3):399-470)から出版した。本年度は、次の点が明らかになった。(1)イヌピアットの獲物の分配やその後の祝宴のやり方には、捕鯨グループごとに微細な差異が存在することが判明した。若い世代の捕鯨者ほど、獲物をより平等に分配する傾向が認められる。(2)イヌピアットの間では捕鯨グループを組織し、捕鯨を実施するためには、ボートキャプテンとともにその妻が重要な役割を果たしている。(3)イヌピアットが捕鯨を実施するためには、1グループあたり1年あたり150万円から350万円の経費が必要であるが、肉の販売が禁止されているので、賃金労働や各種配当金などを投入する必要がある。(4)カナダは、国際捕鯨委員会には加盟していないため、独自にクジラ資源の管理を行っている。同国のイヌイット社会では3地域で年間1頭ずつのホッキョククジラの捕獲が先住権のひとつとして認められているが、経費がかさむため、ヌナヴト準州以外では定期的に実施されていない。(5)近年、捕鯨文化に関する文化人類学的研究は、先住民生存捕鯨に関する研究以外ではほとんど行われていない。日本人の文化人類学者による研究が地域的にほぼ全世界を網羅し、数量的に多く、世界の研究をリードしている。海外の文化人類学者による調査は実践的・応用的な志向が強いのに対し、日本の調査は基礎的な志向が強い傾向が認められる。
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