研究課題
東アジア、主に中国大陸で発生し越境して近隣諸国にもたらされる化学物質による大気汚染は深刻化していると考えられるが、その詳細な因果関係については現在も明らかにされていない。本研究では、大陸間越境化学物質の動態および生物影響調査を国際的研究協力体制のもと実施した。具体的には、1)捕集した大気に含まれる有害有機化合物の定性および定量分析、2)捕集大気からの抽出成分を用いた生物影響評価試験、3)気団の起源推定の大きな3項目から構築され、多角的な視点からの解析を実施した。前年度の引き続き2011年度においても、長崎の西彼杵半島県民の森、韓国の済洲島ハンナラ山、沖縄本島北部森林公園においてハイボリュームエアサンプラーにより大気をフィルター捕集した。フィルターから溶媒により回収された大気抽出液を用いて、サルモネラ菌を用いた遺伝子毒性評価試験(umu試験)、ミジンコ遊泳阻害試験土壌微生物活性試験および昆虫行動影響試験をそれぞれ実施した。大気中に含まれる化学物質の成分分析、遺伝子毒性評価試験およびミジンコ遊泳阻害試験の結果から、冬期に捕集されるサンプルに比較的強い毒性が認められ、またそれら冬期のサンプル中の多環芳香族炭化水素類(PAHs)の濃度が有意に高いことが明らかにされた。さらに、これら冬期に捕集された大気は、主に中国東北部で発生し、季節風により長崎にもたらされたことが示唆された。上記の結果から、特に冬期に中国東北部で発生したPAHsが偏西風により長崎に比較的高濃度で到達していること、またこれら物質が生物の遺伝子損傷および運動阻害を引き起こす可能性が示唆された。しかしながら、遺伝子毒性およびミジンコに対する急性毒性に占める分析対象となったPAHsの寄与率は高々10%程度でしかなく、残りの90%の毒性を及ぼす化学物質については未知であり、今後の研究課題となった。
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