本研究計画の最終年度にあたる平成23年度は、これまで収集した資料をもとに研究の各テーマを総合的に考察すると共に、補足調査として約2週間の海外調査を行った。その結果、次の事柄が明らかになった。 19世紀末に大英博物館のプロクターによって行われたインキュナブラ(15世紀印刷本)を対象とする分析書誌学の成果(プロクター分類法)は、印刷の歴史地理的な発展過程を明らかにし書物史研究の発展に寄与した。また、大英博物館所蔵のインキュナブラを歴史的観点から再編成したばかりでなく、ロンドンの印刷史専門図書館やシカゴの書物史コレクションの組織化にも応用されるなど、図書館資源構築において実質的な影響を与えた。しかし、ヨーロッパの古い図書館では各館が独自にインキュナブラを組織化してきた経緯があり、分析書誌学研究の盛んであったイギリスやオランダ以外でプロクター分類法が資源構築に影響を及ぼしたと思われる例は見られない。例えば、ドイツ・バイエルン州立図書館では代々のバイエルン王が収集したインキュナブラも含め、大英博物館の約3倍ものインキュナブラを所蔵しており、プロクター分類法が考案される以前から既に独自の分類システムを持っている。こうした図書館では、別の体系によってインキュナブラを再編することは困難である。また一般資料と違って、インキュナブラの場合は基本的に館内利用に限定されているため、各館で長い間使用されてきたシステムのほうが便利であり、プロクター分類法による再編の必要性はなかったものと思われる。1980年、インキュナブラの世界総合目録データベース(ISTC)の構築が大英図書館の主導で開始されたことによって、プロクター分類法はインキュナブラの主要な書誌の一つとして国際的に参照されるようになった。インキュナブラの研究が国際性を増し、また自館の貴重な文献情報をWeb上で館外公開する動きが活発になるに伴って、プロクター分類法は検索・参照ツールとしてその重要性を増している。
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