研究概要 |
近年の生理学的研究は,様々な刺激が神経ネットワークの時間的活動パターンで表現されていることを明らかにしてきた.しかしながら,時間パターンによる脳内情報表現が,どのような計算論的アルゴリズムによって生成され,どのように計算論的課題遂行に役立つか,は明らかにされていない.本研究の目的は,嗅覚情報処理に焦点をあて,脳型情報処理における時間次元を用いた情報表現の計算論的重要性を示すことである.本年度は,時空間的に表現された匂いを記憶として埋め込み,再認時に記憶した匂いと現在の匂いを比較照合し,適切な行動を生み出すための機構を構築した。まず,記憶した匂いと現在の匂いの類似度を表現する神経(類似度評価神経)を仮定した。本研究で提案してきたモデルでは神経活動の時間順序が,各神経が表現する匂い特徴の重要度に対応している。よって,類似度評価神経を,(1)記憶した匂いで最初の活動する神経を検出し,(2)活動順序が一致し続ける限り活性化し続け,(3)記憶と異なる神経が活動したら活性化を終了する,ようにモデル化した。具体的には,類似性評価神経はNMDA様の受容体を持つと仮定し,匂い入力が存在すると活動が抑制されるオフ神経と記憶依存の活動の両方が同時に入力された場合のみ,その後の記憶依存活動からの入力が加算されるようにした。これにより,類似性評価神経は現在の匂い入力が記憶と一致し続ける限り活動強度が強くなり,類似性に応じた適応的行動を引き起こすことができることを明らかにした。本モデルの応答は,昆虫の記憶中枢の下流に存在する記憶読み出し神経の応答と似ており,これはモデルの生理学的妥当性を支持するものでる。
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