研究の目的は、成長因子が情動を制御するメカニズムについて理解を深め、情動と神経新生との関係について調べようとするものである。平成22年度は、血管内皮増殖因子を脳内で過剰発現するマウス(VEGFマウス)を用いて1)電気生理学的解析と2)行動薬理学的解析を行い、また、3)マウスにおける薬剤誘導型遺伝子発現システムの検討を行った。1)電気生理学的な解析では、記憶や情動に関連のある海馬神経細胞の性質を調べ、VEGFマウスでは短期可塑性が増加していることが判明したが、長期可塑性としての長期増強や長期抑制は野生型マウスと同程度であった。2)行動薬理学的解析では、セロトニンやノルアドレナリンの再取り込み阻害剤(抗うつ剤)やそれらの合成阻害剤をマウスに投与して、VEGFマウスに見られた情動の違いが、モノアミン系と関連しているかどうかを調べた。その結果、モノアミン合成阻害剤はVEGFマウスの抗うつ・不安行動を有意に抑え、反対に、抗うつ剤の投与はVEGFマウスの情動行動を更に増強する作用はみられなかったことから、VEGFはモノアミン系と関連していることが明らかとなった。一方、我々は、情動にたいする成長因子の役割をより深く追求するため、3)tTAシステムを用いた薬剤による遺伝子活性の調節を検討した。当初の計画ではtTAを用いる予定であったが、近年開発されたrtTAを使用して、より効率的に遺伝子発現の調節を目指すことにした。我々は数種類の改良型rtTAを入手して、それらの転写活性をルシフェラーゼアッセイにより比較検討した。その結果、rtTAの中ではrtTA-V16が転写活性およびバックグラウンド活性の点で最も優れていることが判明し、これを用いて実験系の構築を進めることにした。
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