現在有力な小脳の機能的仮説によれば、小脳は現在進行中の運動の結果を予測するいわゆるフォーワードモデルの座であるとされている。この仮説では小脳への大脳皮質入力は皮質の運動指令の忠実なコピー、いわゆる(efference copy)であることが要請される。従って、機能的な観点からは脳幹の橋核は大脳から小脳への単純な中継核として働き、入力と出力は基本的に無変換であることが要請される。一方、神経解剖学的な観点からは、大脳皮質から橋核への投射は高度な発散と収束の複合した複雑な形態から、入力と出力の間に高度な情報変換が行われていることが推定されている。平成21年度はどちらの仮説が正しいのかの検証を行った。具体的には、小脳皮質の入力を同定することに焦点を絞り、大脳皮質一次運動野及び腹側運動前野からの入力を小脳皮質に中継する橋核ニューロン活動を小脳皮質の苔状線維の神経終末から記録した。その結果、大脳皮質一次運動野、腹側運動前野のどちらの皮質領域に由来する入力も、以前我々が同じ条件で記録した、各皮質のニューロン活動の正確なコピーであることが明らかになり、機能的な仮説の予想が支持された。小脳皮質の入力の特徴が明らかになったので、次の段階として、小脳皮質の出力細胞であるプルキンエ細胞の活動の分析に取りかかった。比較的単純な苔状線維の活動パターンに対して、プルキンエ細胞の活動パターンは、例外なく時間的にも空間的にも非常に複雑な様相を呈し、入力から出力にかけて非常に複雑な変換が行われていることが強く示唆された。今後はその変換アルゴリズムをシステム同定の手法を用いて解明して行く予定である。
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