細胞質で脱アセチル化反応を触媒するHDAC6の遺伝子欠損マウスにおいて、オープンフィールド試験や高架式十字迷路試験による予備実験から不安障害様の行動異常が観察されたことから、我々は情動障害の症状形成にヒストンとは異なる分子の可逆的アセチル化不全が深く関連すると考えている。平成21年度は、上記2つの行動実験の追試に加えて、更なる行動解析としてテールサスペンジョン試験による行動薬理学実験を実施した。テールサスペンジョン試験ではこのマウスに不動時間の減少が観察された。フロキセチンやイミプラミンの投与ではこの不動時間の改善は見られず野生型マウスと同程度の薬物感受性であったのに対して、ハロペリドールの投与では不動時間は改善し野生型マウスのそれとほぼ同じレベルになった。ハロペリドールはドーパミン受容体に作用し統合失調症の陽性症状を抑える薬として使用されている。従って、HDAC6遺伝子欠損マウスではドーパミン神経伝達の異常が起っていると推察され、統合失調症と関連した脳機能障害を呈すると考えられた。 これと平行してHDAC6の神経系細胞における標的分子の探索として、HDAC6遺伝子欠損マウスの脳で過剰にアセチル化される分子の探索に着手した。抗アセチル化抗体による免疫沈降法と質量分析法により分子量50から75kDaのところに幾つかの候補分子を見出した。現在この分子の解析を行っている。 このように本年度の研究成果として(1)ドーパミン神経伝達の異常に的を絞ることができた、(2)神経系細胞におけるHDAC6の幾つかの候補分子が見つかったことが挙げられる。今後は、HDAC6が関わる脱アセチル化制御の異常がどのようにドーパミン神経伝達の異常を引き起こすのかに焦点をあてドーパミン神経系の病理学異常やドーパミン生成や放出に関わる分子の異常を生化学的に解析するとともに、標的分子の同定を進めその分子機序に迫る。
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