生涯にわたって海馬歯状回では神経新生が続いている。生理学的に興味深いことに、この神経新生は、海馬への神経入力によって活動依存的に制御されている。ネズミを使った実験では、自由に活動できる環境や、多彩な環境刺激が得られる状況では、海馬歯状回の神経新生は増加する。一方、拘束された状況では神経新生は減少する。すなわち、海馬歯状回の神経新生は環境状況に依存しており、そのメカニズムを明らかにしていくことは、ストレス障害、うつ病、統合失調症、てんかんなど、神経新生の障害との関連が示唆されている疾患の診断および治療に役立つものである。新生した細胞は数週間をかけて成熟し神経回路に組み込まれ、成熟したニューロンを観察してもそれがいつ誕生したものであるかはわからない。新生した細胞を海馬組織中で観察するためには、誕生したときに標識しておく必要がある。本年度は、AMPA型グルタミン酸受容体サブユニットであるGluR2のノックアウトマウスを用い、染色体複製の際にDNAに取り込まれる臭化デオキシウリジン(BrdU)を投与して、新生した海馬歯状回細胞の数を調べた。2時間のBrdUの投与ではGluR2のノックアウトマウスでは野生型マウスに比べ新生した細胞は増加していたことから、グルタミン酸受容体シグナルが新生細胞の誕生に対して抑制的に働いていることが示唆された。しかし、BrdUで標識する方法では、生きたままの新生細胞を観察することはできないため、緑色蛍光たんぱく質(GFP)を発現するレトロウイルスベクターの作製に着手した。レトロウイルスは、核膜が消失している分裂期の細胞の染色体にのみ組み込まれるため、分裂した細胞のみをGFPで標識することができ、その後の運命を生きた状態で観察できる。しかし、この間に研究代表者の所属研究機関の変更が決まったこともあり、まだ完成に至っていない。
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