ケイジドグルタミン酸は光を当てることにより、神経伝達物質の一つであるグルタミン酸を放出する化合物である。これをマウスの脳内に投与し、2光子励起法を用いて任意のシナプス(スパイン)にグルタミン酸を投与する。このようにして生きた動物のシナプスを直接刺激する方法を確立し、神経科学的な解析に応用することが本研究の目的である。以下に主要な成果を述べる。 テーマ1 低分子化合物の脳表面から脳内への拡散の検討 まずケイジド化合物のような低分子量の化合物が脳内にどのように拡散していくかを分子量が同等の蛍光分子Alexa fluor 488を用いて調べ、脳内の濃度を推定した。また、色素の蛍光強度を脳外と脳内で比較することにより脳内の細胞間隙の割合を推定した。これは、カリウム電極や電子顕微鏡による結果とほぼ一致した。これにより脳内ケイジド化合物投与の基盤が整った。 テーマ2 機能的なグルタミン酸受容体分布の検討 次に、実際にケイジドグルタミン酸を必要な濃度脳内に拡散させ、2光子励起法を用いてそれぞれの単一スパインにグルタミン酸を投与した。これにより、大脳皮質2/3層錐体細胞樹状突起のそれぞれのシナプスの機能的なグルタミン酸受容体の密度はスパインの体積に比例することが初めて生体マウスで確認できた。 テーマ3 グルタミン酸投与によるシナプス可塑性のin vivo誘導 上記の結果から、機能的なグルタミン酸受容体の密度はシナプスの形態(スパイン体積)から推定できることがわかった。そこで、我々はスパイン体積を指標にして、頻回刺激による可塑性の誘導を試みた。その結果、1時間以上にわたるスパイン体積の縮小をin vivoで誘導することに成功した。単一スパインの可塑性をin vivoで生じさせた報告はまだ無く、将来的な治療への応用や脳内の計算メカニズムの解析につながる成果と考えている。
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