記憶の貯蔵と消去の鍵となる部位である脳海馬、CA3野錐体細胞の苔状線維シナプスにおいて、学習に関連した細胞レベルのモデルと考えられている長期増強現象(LTP)の特性を明らかにすることは、記憶のメカニズムを理解する上で大変重要である。本年度は、苔状線維シナプスでのLTPを誘発するために必要な条件を明らかにすることを目標として、研究を行った。実験標本としては、ローラーチューブ法に基づく培養海馬切片を用いた。本培養脳切片標本では海馬歯状回やCA3野の構造がよく保たれ、また、急性脳切片標本に伴う、多くの神経軸索路が切断されているという問題から無縁である。シナプス後細胞となるCA3野錐体細胞からパッチクランプ全細胞記録を行い、次に歯状回顆粒細胞層を高濃度カリウム内液で満たしたパッチ電極でシステマチックに走査することにより、連絡顆粒細胞を同定、パッチクランプ記録し、連絡した顆粒細胞-CA3野錐体細胞対の記録を行った。単一顆粒細胞にLTP誘発のためのプロトコール(100Hz 1秒間を10秒毎に3回)で活動電位を惹起し、その後、CA3野錐体細胞から記録される応答をモニタするものの、LTPは誘発されなかった。一方、歯状回に刺激電極を設置した後、CA3野錐体細胞からパッチクランプ全細胞記録を行い、複数の顆粒細胞にLTP誘発のためのプロトコールで刺激を与えた後、CA3野錐体細胞から記録される応答をモニタすると、LTPが記録された。最小細胞外刺激法の標準的なプロトコールを用いた場合、LTPは誘発されなかった。以上のことから、苔状線維シナプスLTPの誘発には複数の苔状線維が刺激される必要があることが明らかになった。今後は、この協力作用によるLTPに、どのようなメディエータが介在するのかなど、そのメカニズムの解明を進める計画である。
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