本研究は、日本の伝統的食文化の見直しが図られる今日において、その起点と位置づけられる室町時代の食文化を多面的に追究することを目的とする。中でも、従来専ら国文学の領域とされてきた室町時代物語は、この時代の生活文化をリアルに伝えるという要素を持っており、食文化研究という分野においても、研究に稗益するところ大であると考えられる。就中、これら室町時代物語の伝本の多くは、絵巻や奈良絵本の形態を持つものであり、絵画資料として、当時の生活文化を視覚的に今日に伝えている。従って、これらを実証的に究明することによって、当時の食生活、食文化の実態が明らかになるという面も少なからず存在する。今年度は、前年度に引き続き、室町時代の食文化の中で、大きな比重を占める禅宗寺院の食事文化、ことに精進料理を中心に考察を進めた。室町時代物語作品群の中で、『精進魚類物語』、『六条葵上物語』、『月林草』等は、いわゆる異類物と呼称されるグループに属するものである。これらは、植物や動物が会話を交わしたり、合戦を繰り広げるという、一見荒唐無稽な世界を描くものであるが、その一方で、この時代の貴族たちの伝統的な学芸・教養を背景として、精緻な言語表現を以てこの時代の食文化の実態をリアルに描きこむという側面を有している。今年度はこれらの中から『月林草』を中心的課題として取り上げ、その分析を通して、その古典的教養に裏付けられた修辞の中に、当時の食生活、食文化の実際が表現されていることを明らかにした。その分析の結果、食晶・食材の製法、その流通、調理・賞味法等々、従来の当該時期の料理書の記述のみでは、必ずしも分明ではない食の実態が、細部に至るまで明らかにできた点があり、室町期食文化研究に資する一定の成果があったと考えている。
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