交付申請書に記した今年度の「研究実施計画」に即して、研究実績の概要を示す。 (1)植民地期の疾病構造に関しては、既に先行研究が明らかにしているように、コレラやペストなどは抑制することに成功したが、水系伝染病である腸チフス、赤痢については抑制することができず、むしろ1930年代を通じて、都市部を中心として増加する傾向にあった。ただし、たとえば京城の腸チフス、赤痢のデータは信頼性に乏しい。この点は京城帝大医学部衛生学教室教授の水島治夫が当時から指摘しており、彼の京城の疫学研究では、京城在住の朝鮮人のデータを排除し、日本人のデータのみを用いて、京城の腸チフス、赤痢の疫学的考察が行われた。腸チフス、赤痢の朝鮮人罹患率に関しては、朝鮮総督府資料は批判に耐えうるものではないことがわかった。 (2)正統医療に関しては、朝鮮総督府が医療機関として各地域別に、医病院、医師、医生、薬剤師、産婆、看護婦、種痘員、按摩、鍼灸術、薬種商などが認められている。各医療機関の量的な変化は把握できた。西洋医学を担う数は漸次増加する傾向にあったが、伝統医療を担う医生数は減少していった。ただし、薬種商のうち、漢薬を扱う漢薬種商は朝鮮人が担い、こちらはむしろ微増傾向にあった。伝統医学に関しては、地域では漢薬種商が担うという構造が浸透していった。総督府も医生の減少に対して、朝鮮人医師が地方で全く増えなかったため、朝鮮人薬種商が処方することを放置していた。一方、非正統医療としては、巫俗を挙げることができる。この数については精確な統計データは存在しないが、各種の社会調査から、その一部が明らかになった。とくに善生永助の生活状態調査によれば、京畿道水原郡や江原道江陵郡にて、日本語理解力のない朝鮮人の間で巫俗の信仰医療が普及していた実態が把握できる。なお、電気治療師に関しては次年度の研究遂行の中で検討したい。
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