本年度の最大の成果は、一般気象要素を用いて対象域の熱収支と水収支を一日単位で明らかにし、その値をもとにハマダラカの生理生態モデルを動かすことによって生息域評価を可能にしたことである。また、単に気候値を外部要因として捉えるのではなく、生息域の熱収支・水収支とハマダラカの生態を一体のものとして捉えた点に特徴がある。さらに、ハマダラカの生活史や生理生態にとって極めて重要な気候資源である水温を正確に予測するルーチンがあり、従来の気候を外部要因として単に気温などとの相関にもとづくモデルからの脱却が可能となった。このようなメカニスティックなモデルを構築できたため、将来気候下での生息域予測を理論的に行うことが可能になった。それによると、2070~2090年頃のモンスーンアジア地域でのハマダラカの年間世代数は現在よりもタイ国などの湿潤熱帯域では1世代、インドの内陸部では1~2世代、韓国や中国の東部温帯域では2世代増えることがわかった。一方で、中国南部域のみにおいては3世代も増加し、際立って変化が大きいことが予測された。 これらの成果について、2011年度に関しては、国際学術雑誌(Climate Research 誌)や関連する分野の国際的な集団によって出版した学術図書の一部に公開した。加えて、国内学会で2件、国際学会で2件の発表を行った。従来は農業気象学や生態学が展開してきた熱収支研究と医学分野が展開してきたマラリアなどの感染症研究の成果の融合をめざし、数値モデルを開発するという点でも成功したと言える。これら研究の過程において、食料生産をするための土地利用が感染症媒介生物を助長している可能性が高いことがわかったため、本課題の成果をもとにして、気候学、農学、生態学の境界的な研究を継続している。
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