我々は、低速の高電離イオン(HCI)によって固体表面に生じる高原状の層状的膨らみ(ヒロック)の形成機構の本質を、『電子励起過程に続く局在フォノンの協力現象的な緩和』と捉えている。本年度は結晶性の炭素系物質についてフォノン励起を検証した結果、申請課題について、新しく次のような『2フォノン励起モデル』を確立した。 1.HCIが固体表面へ接近すると、その高い静電エネルギーは真空を挟んで固体から多くの電子を取得する(COBM理論)。半金属結晶ではコヒーレントな光学フォノン励起が、固体側の応答としてフェムト秒スケールで起こる。 2.実際にHCIが固体中に入射すると、入射方向の運動量が結晶固体中に受け渡され、多くの空孔ができる。空孔生成は音響フォノンを励起するが、それを促進するのは光学フォノン励起に続いて必然的に起こる、近傍原子との相互作用である。ピコ秒スケールに入ると、この音響フォノンがエネルギー緩和過程を主導する。 この光学フォノンによる原子移動は、表面に平行な面内振動である点に特徴があり、励起の効果に層状構造が期待できる点がモデル作成に当たっては新しく、ヒロック形成を説明する重要な決め手と考えられる。実際、半金属結晶であるHOPG(結晶性グラファイト)においてはヒロック形成を再現した。また、中性ビーム照射による音響フォノン励起の確認は国際サミットやワークショップなど3件の招待講演と分担執筆の著書に、それらの成果をまとめた。 本研究の目標であった、HCIが半金属結晶に入射する系について、新モデルの成果は現象を説明できたことである。しかし本来の目的は、「より普遍的な電子・格子相互作用の解明」にあって、それに向けての問題点が、本研究を通じて絞り込めたことは、将来に向けての大きな成果である。
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