QDの蛍光トレース(強度時系列)として、特筆すべき特徴のひとつにその間欠的なブリンキング現象がある。ブリンキング現象はQDに限らず、多くの蛍光色素分子において普遍的に存在し、1分子時系列からタンパク質の構造変化などを正しく同定するうえで大きな弊害のひとつになっている。QDのブリンキングは、定性的には、"暗"状態と"明"、状態のあいだのランダムジャンプと考えられている。しかしかしながら、それらのジャンプは強い相関を示し、"暗""明"状態の各滞在確率分布は4桁から9桁に渡って、べき分布をもつ(べき指数は1.1から2.2の間に殆どの場合、帰属される)ことが知られている。 我々は現象論的にモデルを構成するのではなく、1分子時系列情報からもっとも予測性能が高く、かつ最適なモデルを自動的に抽出するアプローチをとる。当該年度は、そのための予備的な統計解析を行った。 その結果、異なる同種QDの強度揺らぎが広く分布している(30~1200counts/100ms)こと;ほとんどのQDの強度は100~400counts/100msであること;寿命分布の形と強度揺らぎの大きさのあいだには明確な関係がないことが分かった。一方、明、暗状態のパターンはQD毎に変化する。あるQDは明状態に長く滞在し、暗状態に早く遷移するのに対し、ほかのQDは、逆に、ほとんどの時間、暗状態に滞在し、短い明状態へ速やかに遷移する。ほとんどの強度トレースはこれらの中間のパターンに属するものと考えることができるが、そのうちの幾つかは全く異なる揺らぎパターン間の遷移を包含することも分かった。 最尤推定法により決定された寿命時系列は10-40(unit=342ns/256)の間を大きく揺らいでいる。特筆すべき点は、この寿命時系列は強度揺らぎの時系列と強い相関を示唆している点である。最尤推定された寿命時系列では、強度時系列に含まれている幾つかの実験誤差、たとえば、測定に由来する(であろう)線形減衰していく成分、正弦波成分など、を除去することができるため、実験誤差に対してある程度の安定な解析を行えることが期待できる。今後、寿命時系列に対して、背後に存在する状態空間のネットワークを抽出し、QDのブリンキング現象のメカニズムを考察する計画である。
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