法科学分野における話者の異同識別にベイズ統計の概念に基づく尤度比尺度を利用するにあたり、得られた音声資料をできるだけ有効に利用することに焦点をあてた検討を行ってきた。 尤度比尺度の改良については、これまで1つの連続区間、複数の連続区間を対象とした検証を行い本提案法の有効性を確認した。ただし、同一音韻を対象としていたので、今年度は、複数の音韻として5母音を組み合わせるタスクを設定し、本提案法の有効性について検討した。その結果、母音を組み合わせることで照合率の向上が図れることを確認した。異なる3つの母音から1発話ずつ利用したときの照合率は、1母音で3発話用いたときの照合率よりも高くなることが分かった。これは話者認識を行う上で、音韻のバリエーションが多いほうが望ましいことを示唆するものである。また従来法では1発話を用いた比較ができないが、本提案法ではそれを可能にした。これによって比較可能なケースの増加に寄与できる。 評価用テストセットの構築にあっては、マイクロホン音声を他の録音系を介して疑似的に評価用テストセットを再構成することができるものの、評価には至らなかった。また、尤度比尺度の新たな利用として、母語識別に加えて性別識別への適用についても検討を行った。 国内外の研究者との意見交換に関しても継続して行ってきた。国内にあっては、話者認識研究者間で情報交換を行うために設立された話者認識SIGに参加し、音声研究会におけるパネルディスカッションや日本音響学会誌の小特集執筆などの実施に向けた意見交換を行った。また、科学捜査研究所の音声鑑定担当者から音声鑑定実務における課題などの聞き取り調査を行った。国外にあっては、オーストラリアの法科学話者認識研究者を当研究所で8月から半年間受け入れており、この機会を利用して情報交換を行うなど研究を更に深めることができた。
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