重篤な難治性疾患の一つである遺伝性肥大型心筋症は、その発症原因として種々の蛋白質変異が知られている。我々は、それらの変異のうち、筋収縮調節蛋白質トロポニンの変異、特にトロポニンを構成する蛋白質成分の一つトロポニンT(TnT)の変異(E244D(TnT)及びK247R(TnT))によるトロポニンの機能異常の分子機構の解明を目指している。 平成21年度は、TnT野生体あるいは上の2種類のTnT変異体のいずれかを含むトロポニンを再構成し、その全体構造を調べるために、それぞれの試料溶液についてX線溶液散乱実験をCa^<2+>の有無の条件下で行った。散乱曲線の解析の結果、野生体、変異体を含むトロポニンそれぞれの慣性半径が、38.6±1.4Å(野生体-Ca^<2+>)、37.7±1.0Å(E244D変異体-Ca^<2+>)、36.4±1.1Å(K247R変異体-Ca^<2+>)、38.5±1.3Å(野生体+Ca^<2+>)、35.4±1.2Å(E244D変異体+Ca^<2+>)、35.6±1.2Å(K247R変異体+Ca^<2+>)であることが明らかとなった。これは、変異により、トロポニンの全体構造が変化することを示している。また、野生体、変異体のいずれもCa^<2+>の結合による散乱曲線の変化が観測された。これは、筋収縮制御に関連するCa^<2+>結合による構造変化が、変異体においても正常に起こっていることを示している。このように、X線溶液散乱実験により、初めて、心筋症関連トロポニン変異体において全体構造の変化が検出された。現在、分子動力学計算と組み合わせた詳細な構造解析を行っている。さらに、これらの変異体を含むトロポニンの結晶化に成功し、現在、結晶構造解析にとりかかっている。
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