重篤な難治性疾患の一つである遺伝性肥大型心筋症は、その発症原因として種々の蛋白質変異が知られている。我々は、それらの変異のうち、筋収縮調節蛋白質トロポニンの変異、特にトロポニンを構成する蛋白質成分の一つトロポニンT(TnT)の変異(E244D(TnT)及びK247R(TnT))によるトロポニンの機能異常の分子機構の解明を目指している。 平成22年度は、平成21年度に行ったTnT野生体あるいは上の2種類のTnT変異体のいずれかを含むトロポニンについてのX線小角散乱実験により得られた散乱曲線の解析を行った。これらの散乱曲線からトロポニンの溶液中での構造解析が可能である。(野生体の)トロポニンのX線結晶解析から得られた原子モデルを出発点の構造とし、その構造を少しずつ変化させて、その構造の散乱曲線を計算し、実験から得られた散乱曲線との比較を行うことにより、最適な構造のサーチを行った。その結果、散乱曲線とよく一致する構造モデルが得られた。溶液中では、トロポニンは結晶中での構造とは異なり、トロポニンの成分の一つであるTnCがより伸びた構造をとっていることが明らかとなった。現在、変異体を含むトロポニンの散乱曲線の解析を行っている。 また、平成21年度に得られた野生体および変異体をふくむトロポニンの結晶については、回折データ収集を終了し、構造解析を行ってきた。現在、構造精密化がほぼ終了する段階まで来ている。結晶解析からは、原子レベルの構造が得られるため、変異部位の局所構造を野生体と変異体で比較した結果、変異部位周辺の水素結合ネットワークが変異により変化することが明らかとなった。変異による水素結合ネットワークの変化により、構造が不あ安定化され、トロポニンの全体構造の変化につながることが示唆される。
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