研究概要 |
エンハンスメントの現状と問題点を認識するために、福祉ロボット展示会で開発状況を調査し、山梨大学医学などを訪問調査し、エンハンスメント論研究会と共催で研究会を開催し、研究交流を行った。本テーマについて,1)倫理的には,自己の心身への,治療目的ではない介入が,自己決定権によってどこまで正当化できるか,2)法的には,患者の同意に関して自己の身体に関する自己処分権はどこまで認められるのかを中心に研究を進めた。1)では,比較的強靭な論拠として,無危害原則と,エンハンスメントを求めるクライアントの便益とリスクを比較衡量する論があるが,リベラルな社会の愚行権をふまえると,これらは決定的な根拠にはなりえない。2)では,人体改造の場面において「身体の完全性」に関する法益保護の範囲をめぐる問題,「医学的適応性」と「依頼者の自己決定」をどう調整できるかという問題,それを判断する際,公序良俗論がどこまで有効かということが論点として認識できた。この分野での法的検討は日本ではほとんど見られないが,ドイツ語圏で重要な研究成果が発表されていることを知り,この成果もふまえ,日本における過去の関連判例なども検討してきた。 こうした論点をさらに深めて行く際,治療/エンハンスメントの線引きのみに囚われていても展望は開けない。エンハンスメントを「願望実現型医療」というより広い医療文化論的文脈のなかで捉えなおす必要を認識した。これまでのエンハンスメント論をこの文脈へと開くことによって,哲学的・人間学的・文明論的に深めていける展望が見えてきた。その際,自らの人生を構想し作っていく上での人格全体の調和ある発展を見据える整合性論の有効性が見えてきた。願望実現型医療や整合性論などの視点はわが国ではまだどこでも提起されておらず,新しい知見と言える。これらの成果を論文(印刷中を含む)に発表し,また学会や講演等で発表し,ホームページからも情報発信した。こうした情報発信によって,わが国におけるエンハンスメントをめぐる議論に新しい方向性を与える可能性が出てきた。
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