代表者宮原は、現象学の立場からラネカーの認知言語学の根本的な理論を検討した。今年度は、ラネカーの認知言語学が前提としている存在論を解明した。彼の存在論では、ヨーロッパの形而上学で考えられているような実体と属性という図式は放棄されている。つまり、性質や属性が、関係概念の中に含まれ、独自なカテゴリーとしては認められていない。古代ギリシャ哲学から考えられてきた属性とは、個体的実体へと解消されない要素であるが、それが複数の個体間に成立する関係へと解消されると、コピュラ文、「~は~である」の典型である「個体の属性を記述する」文の分析が困難になるのではないかとの見通しの下、彼の認知文法論を検討した。例えば、「~は赤い」といった述部はどのような認知作用が根底にあるのかを検討した。それによると、赤いという属性は「石」や「鉄」といった物質名詞の振る舞いと似ている点があることに注目し、しかもそのような物質名詞は、時間の中で展開する出来事でも開始と終結の境が明確ではない、つまり「有界」ではない出来事と似た振る舞いを持つことを示し、そのような概念化、ないしは認知作用の構造を現象学的視点から、分析した。その分析において参考としたのは、言語学者イェスペルセンと、分析哲学者クワイン、認知言語学者ラネカー、そして現象学者フッサールの説である。形容詞の名詞化のような、品詞間の転移に関して、クワインの言語論から摘出された視点、すなわち物質名詞で表現されている事象が示す「分散」という現象や、ラネカーの「性質的均一性のアセスメント」という考え方、そしてフッサールにおける、<「非-自立的」という意味での「抽象的」>という概念を使用して、新たな理論の構築を試みた。分担者宮浦は、マルチストーリー・モデルなる概念を使用して、新たなディスコース分析の手法を提案した。
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