「感情と記憶」をめぐる平成22昨年度の研究を通じて、われわれは次の問題にぶつかることになった。すなわち、「(私は)この生を現に生きていながら(自分が)この生を現に生きていることを知っている」という「生命の自証」あるいは「自己覚触」とでも呼ばれるべき事態は一体どのような時間的構造を有しているのかという問題である。そこで、平成23年度においては、まずは、「生命の自己触発性」の時間的構造を丹念に分析したM.アンリの論考を積極的に参照しつつ、上述の問題をめぐるハイデガー哲学の批判的な読解可能性の探究に、努力することにした。その探究の成果が、下記の「13.研究発表(平成23年度の研究成果)」欄の2番目に掲げた論考である。実存のLastcharakterとしてハイデガーが表現した事態を、そこでは、advent-character of lifeとして再解釈することを通じて、「現実性」という様相概念の生成論的な意味を新たに時間的に捉え返すための準備がなされた。本研究は、もともと、われわれ各人の生の時間的な自己理解からほとんど不可避的に生じると思われる「ニヒリズム」の構造を明らかにし、その超克のための理路を原理的に解明することを課題としていたが、adventicharacter of lifeという概念は、この課題への応答を準備する核心的概念の一つとして構想されたものである。 また、ここで問題化された事態を、人間存在の共同性の場面において捉え返そうとしたのが、「13.研究発表(平成23年度の研究成果)」欄の1番目に掲げた基礎倫理学的論考であり、これによって、非カント的な道徳形而上学の基礎づけを目ざした本研究の最終課題に、現段階で可能な範囲において応えることが試みられた。
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