本年度は最終年度にあたるため、トマス・リードの情念論について研究するとともに、研究全体の総括を行い、その結果を研究報告の冊子としてまとめた。 初年度のマンデヴィルの研究の結果明らかになったことは、彼が人間の利己性をあらゆる行為の基礎として、強調するため、実際の情念の多様なあり方をとらえ損ねているということであった。しかし、一方で人間の社会性を説明するために社会の発展と並んで情念のあり方の歴史的な発展という情念の自然史ともいうべき考えを提出している点で、後のヒュームの哲学に大きな影響を与えていることがわかった。次にハチスンは、マンデヴィルより遥かに丁寧に人間の個別の情念に目配りをしている点で、情念の研究としては採るところが多いが、しかし、人間の行為の構造の理解において、利己主義者の議論を借りている点で理論的な弱みがあり、利己主義者に対しての徹底的な反論とはなり得ていないことが判明した。 以上のような議論に照らして、ヒュームの情念論の意義を考えた場合、従来気づかれなかった以下のような大きな意義があることを確認できた。それは、情念を観念説に取り入れることの意義である。情念についての議論は各自の感覚的な理解に頼っていて、共通の理論的基盤なしで行われていて、それが理論の進展を妨げていたが、ヒュームはこの理論的基盤を構成しようとしたのであり、その意味で彼の人間学はより統一的な理論的構造を持っていることが明らかになった。利己性と人間の自己中心性の区別や、共感による社会性の説明等もこのような観点からみると先行する哲学者の議論を補ったものとみることができる。 リードの哲学は、このようなヒュームのアプローチの基盤である行為の因果論に関する根本的な批判の企てであり、18世紀英国哲学が持つ可能性の大きさを示したものであるといえよう
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