昨年度に引き続き今年度も、大きく二つの方向で研究を進めた。一つは、医療制度の政治経済的な検討を行うとともに、その倫理的な意義を明示すること、もう一つは、病に関連する哲学と倫理学の主要文献を読み進めて出版物の刊行を準備することである。 第一の点では、論文「残余から隙間へ」、論文「思考も身体もままならぬとき」などを研究成果として発表した。前者では特に、戦後福祉国家における医療の社会化と国家化についての考察を受けて、最近の福祉政策の動向について論じた。後者では、病気の表象の研究という既に確立した分野において、映画を題材として研究成果を発表した。また、論文「静かな生活」では、いわゆる心の病について、アレントの文献を素材として新たな観点から論ずることを試みた。 第二の点では、昨年度から準備を進めていた出版物を、『倫理学--ブックガイドシリーズ基本の30冊』として刊行した。これは、本科研費研究の主要な研究成果となるものである。すなわち、倫理学の主要古典文献から病に関するアーギュメントを旧来にない観点で引き出して整理したものである。これは、現在の医療倫理や生命倫理に対して豊かな視界を開くことに繋がると期待している。
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