研究概要 |
本研究は文献資料研究を中心として、「病の総合的研究を媒介とした哲学・倫理学の再検討と再構成」を進めるものであるが、本年度は主として以下の点に重点を絞り、研究成果を発表した。 第一に、生命倫理学・医療倫理学における身体概念を歴史的に検討するために、第二次政界大戦時から戦後にかけての日本結核医療に関わる文献、とくに結核医自身による当時の文献、患者運動史に関する文献を収集して、その中から医療化されるまでの身体の位置づけを、特に手術との関連でまとめて研究成果として発表した。これによって、戦後期の癌の医療・公衆衛生、また癌を中核とする病気観の前史とも言うべきものを把握することができた。このことは今後の本研究の展開に資するところである。 第二に、病の症状・徴候の典型・中核と言える痛みについての哲学的成果をまとめることができた。これは、現代医学の主要な疼痛理解のためのモデルを批判的に検討しながら、アリストテレス『デ・アニマ』を再読してその現代的意義を示したものである。この検討を通して、痛みの感覚について、今後の展開の基礎を据えることができた。 第三に、3・11以降の議論を受け、低線量被曝の意味に関わって、戦後期の癌やウイルス感染症によって形成されてきた病の公衆衛生的理解の検討を進めた。それを通して、3・11以降の状況が、否応なしに病の哲学・倫理学的理解の再考を迫るものであることを示した。今後の本研究において、この点での成果をまとめることを新たな課題としておきたい。 第四に、本研究の中間報告として、レオナ・L・バクラック「脱施設化--社会学的パースペクティヴからの分析と総説」(Leona L. Bachrach, Deinstitutionalization: An Analytical Review and Sociological Perspective(U.S. Department of Health, Education, and Welfare: Reports Series on Mental Health Statistics, 1976)を全訳(400字・130枚程度)して大学HP(URLは下記参照)に掲載した。これは戦後期米国の精神医療をめぐる総合的で重要な総説論文である。
|