研究概要 |
本年度はヨーロッパに与えた宋明理学の内実を深く理解するために以下の作業を行った。 朱子自身による儒教古典の解釈が明確に現れる『朱子語類』のうち、『論語』雍也篇をめぐる弟子たちの対話について検討し、これに関する訳注を作成した。さらに宋明理学の受容の様を、「孝」の概念をめぐるヨーロッパ人の翻訳・研究を分析することを通じて検証した。 具体的成果としては、イエズス会士フランソワ・ノエル『中華帝国の六古典』のラテン語による最初の『孝経』訳文と、これにもとづいて、中国の孝観念を称揚した啓蒙主義者クリスチャン・ヴォルフの公開講演『中国実践哲学』の文章を照らし合わせ、彼らが大宇宙と小宇宙、支配者と被治者とを運繋す空間生、先行世代から後行世代へと永遠に継続する時間性とを併せもつものであることに見たことを明らかにした。こうした東アジアにおいて共有されていた孝の概念が、ヨーロッパ人のアジア観を規定したことを、イエズス会宣教師の中国古典研究の掉尾を飾るアンジェッロ・ツォットッリのCursus litteratur〓 Sinic〓 : neo-missionariis accommodatusが、儒教古典の筆頭に康煕帝による『聖諭広訓』の世俗倫理から、国家理念、宇宙論へとつながるの論説を逐語的に訳出していることから論証した。またヴォルフの『中国実践哲学』が、ノエル『中華帝国の六古典』にもとづき、クプレ『中国の哲学者孔子』については講演前に知るところがなかった、としていた点に関して、検討した。講演後に『中国実践哲学』を刊行した際に、クプレ書から中国情報に関して莫大な量の引用を行うが,これは学位論文『普通実践哲学』に始まるヴォルフの思想と、クプレ訳の中国哲学のない用途に強い類似点があるためであることを明確にした。また可能性として、実は『普遍的実践哲学』作成以前に、クプレ書を知っていたからではないかというととについても文献実証的に検討した。
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