本申請研究の初年度に当たる本年度は、本研究の基礎作業である『孔子三朝記』の訳注のための長編作りを中心として研究を進めた。『孔子三朝記』七篇の内、千乗、四代、虞戴徳、諾志の四篇についてはその作業をほぼ終えたところである。 訳注作業以外の本年度の主たる成果は、四代篇に見える「名」に関して、新出土資料の『恒先』等を利用しつつ、その背後にある言語観の特質を明らかにしたことである。四代篇の「発志為言、発言定名」の解釈上の困難はここに見える「志」→「言」→「名」の順序にある。これが名辞を言語の構成要素とする言語観と鋭く対立するからである。他方、新出土資料の『恒先』では「志」→「言」→「名」の生成が明確に語られており、「言」を「名」に先行させる言語観が戦国時期に確かに存在したことを示している。本研究においては、同じく「言」を「名」に先行させる『韓非子』主道篇の「刑名参同」に関する部分を再検討しながら、「刑名参同」においては、ある行いを動作または行動として記述するのが「言」であるのに対し、その「言」の内に含まれる目的等を見抜いてその行いを行為として記述するのが「名」とされていることを明らかにして、これらの「言」→「名」の順序を示す文献においては、「名」は「言」の構成要素としてではなく、ある「言」の全体を統合するものとしてとらえられていることを示した。また、この言語観によれば、ある「物」のあらわれを記述するのが「言」となり、その「言」を統合して、その「物が何ものであるのかを記述するのが「名」となることから、この言語観が「物」の生成と同時に「形」と「名」が生成されるとする道家の生成論的思考と密接に結びつくことを明らかにした。
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