インド大乗仏教の論理学を確立し、唯識・中観の哲学を基礎づけ、インドの諸宗教、哲学にも衝撃を与えたダルマキールティ(法称)の因明(論理学、認識論)での主著『量評釈(プラマーナヴァールティカ)』は、チベット仏教でも最重要とされる。本研究では同書を、最も有力な、ゲルク派第2祖タルマリンチェン(1364-1432)の註釈『解脱道作明』とともに、翻訳し研究する。宗教論を扱う第2章、認識論を扱う第3章に続き、本年度は第1章「自己のための比量(推理)」全体を翻訳研究した。その中でダルマキールティの『自註釈』とそれへの『復註』二本、チベットのゲルク派セラジェツンパ著の註釈を中心に参照し、語義を詳細に調べ、内容を比較して註記した。特に、この章の最重要部分である「論証因の三相」については、ディグナーガの主張、外道者の批判を踏まえて、詳しく提示した。 補助研究としては、論理学と関連する唯識の立場を、チベットの伝統的教学と日本、欧米の近現代の仏教研究の二つの視点から論じた。また、『量評釈』第2章の宗教論とも関連する著作として『現観荘厳論』のインドでの註釈、チベットでの講学と註釈、その仏性論について研究した。これは2年前に『量評釈』のチベットでの講学と註釈を研究したものと相侯って、チベットの諸宗派、学問寺の顕教学習の流れを俯瞰するものになった。また、東アジアで最重要視される『法華経』は、チベットではそれほど重要視されないが、そのチベット語訳は梵語原典、漢訳との比較研究のため重要であり、その校訂版を完成させた。いずれも、近現代の仏教研究者たちとチベット仏教圏の伝統的学僧たちとの学術交流を目的とした著作でもある。
|