研究概要 |
今年度は,計8回の輪読研究会を開催し,『タルカ・バーシャー』第1章§7までの翻訳作成作業,関連するパラレルテキストの収集と先行研究の文献リストの作成作業を行った.これらの作業により,以下のような新しい知見が得られた. 1.ヤショーヴィジャヤによる'pratyaksa'という語の派生説明は,'aksa'を「ジーヴァ」と理解するジナバドラなどの『バーシャ』文献を源泉としており,'aksa'を感官とする見解との並立はジナダーサによる『チュールニ』文献に基づいている. 2.従来の研究では五知のうち'mati'は「感官知」,'sruta'は「聖典知」と訳されていたが,ジナバドラなどの聖典注釈によれば,感官とマナスを原因とする知のうち「言葉に従うもの」(srutanusarin)が'sruta'であり,「言葉に従わないもの」が'mati'である.ゆえに'mati'はマナスに基づく知を含み,また'sruta'は広く言葉に従う知であって単に聖典に限定されることはない.ゆえに,両者は「非言語知」「言語知」と訳するのが精確であると考えられる. 3.ヤショーヴィジャヤによれば,'vyanjanavagraha'とは,「感官による対象についての感受」「感官による感官と対象との結びつきについての感受」などの解釈の可能性を残し,これらはジナバドラなどの先師たちの解釈を直接継承した結果である.また,ヤショーヴィジャヤは「感官と対象との結びつき」という解釈も提示しているが,この解釈は彼の独創である. 4.ヤショーヴィジャヤの述べる接触作用説に関わる「夢遊状態」の例については,ジナバドラを直接の源泉としているが,ジャイナ教内部ではサンガダーサの『ブリハットカルパ・バーシャ』,作者不詳の『ニシーハ・バーシャ』が提示する例が嚆矢であると考えられる. 上記のうち,1,3,4については,従来研究では全く指摘されることのなかった新しい知見であり,順次各種学会誌などで発表予定である.また,新しい訳語についても,詳細な検討結果を示す論考を準備中である.
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