最終年度に当たる本年度は、昨年度に引きつづき、まず註法華経に引用されることが多い倶舎論の研究を、その方面の専門家も交え集中的に行った。そのことにより、白隠が、教相家が基礎学として位置づける小乗の論書中、日本でももっとも重要視されてきた倶舎論を白隠禅師が十分踏まえて注釈をおこなっていることが判明した。また、これまで入力が済んだ諸品の解読を通して、白隠の註法華経は、天台の法華経理解、特に五時八教の教判論を十分踏まえてなされているが明らかとなった。このことは、龍沢寺のあとをまかされた直弟子東嶺の『宗門之無尽灯論』の研究によっても、裏付けられる。同書は、天台の教判論抜きには読めない部分がかなりある。 註法華経とともに、本研究の対象とした白隠の書画については、もとより禅の語録や禅宗独特の題材をもとに画と讃が構成されているものが多いが、たとえば、天台の円頓抄を書として表したものが複数あること、また、真言宗の真言を梵字で表したり、浄土門の名号、また日蓮宗の題目、とくに日蓮正宗系のいわゆる髭題目が書として表されたり、といったことから知られるように、諸宗の宗旨に関わる重要なものに照準し、それらを禅の重要な公案(見性をさせるためのものから、東嶺が『宗門之無尽灯論』において「向上」に位置づける難関中の難関にあたる公案まで)とともに、書画に表していることがわかった。そこで法華経の教相につき「文底」の教判までをもたてる日蓮正宗教学の研究も合わせて行い、髭題目の示す正宗教学上の位置付けを明らかにした。 まだこれらの研究成果に基づき白隠の教判論をまとめ上げるまでに至ってはいないが、以上の研究から、白隠禅師(また東嶺)が、これまで考えられてきた以上に、教相を重んじ、教判論に通じていたことが明らかとなった。
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