研究概要 |
筆者がこれまで研究分野としてきたのは紀元後1世紀のユダヤ人著作家フラウィウス・ヨセフスがギリシア語で書き残した『ユダヤ戦記』と『ユダヤ古代誌』であるが、この二つの著作はイエス時代の著作ということもあって紀元後2世紀以降キリスト教側の作品であるかのように扱われ、ユダヤ人を批判するときにつねにキリスト教徒によって使用されてきた。この事態はヨセフスの近代語訳においても一層促進されることになる。筆者はその悲劇的な事態を17世紀にはじまったヨセフスの近代語訳の中に認めるものであり、それゆえ、ヨセフスの17世紀以降の近代語訳の諸版の収集を行ってきた。筆者はその収集したヨセフスの諸版の訳文や、解説、註、天地創造からはじまるキリスト誕生までの年代計算、あとがきなどを詳細に分析し、それらにキリスト教的な反ユダヤ主義がどのように反映されているかを調査・分析してきた。筆者は研究の成果の一部を、『書き替えられた聖書-新しいモーセ像をもとめて』(京都大学学術出版会、2010)、『名画でたどる聖人たち』(青土社、2011,3月)、『宗教と現代がわかる本2011』の中に反映させた。なお筆者が編集した『古代世界におけるモーセ五書の伝承』が本年の2月に京都大学学術出版会から出版されたことも付け加えておく。筆者はそこで聖書のテクスト本文のオリジナルなものなど存在しないことを訴えたが、キリスト教的反ユダヤ主義を克服するには聖書のテクストにまで遡って論じなければならないことを筆者が承知しているからである。
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