本年度は、ポスト・セキュラリズム研究の理論的な基礎として、宗教概念や政教分離をめぐる西洋と非西洋社会(特に日本)の比較研究を行い、以下のような研究成果を得た。 第一に、「キリスト教」と、それによって代表された「宗教」概念を理解するためには、その概念史にとどまらず、ウェストファリア体制以降、近代主権国家を胚胎させた「キリスト教世界」の変容を視野に入れることが不可欠である。西洋社会は近代化の中で世俗化していっただけでなく、非西洋世界との邂逅の中で、キリスト教的刻印を再認識する。しかし、その認識はセム的伝統(ユダヤ教・イスラーム)の排除を伴っていたのであり、このことは近代以降の「宗教」概念にも影響を及ぼすことになる。このプロセスはまた、ウェストファリア的秩序に適合する形で再定義された宗教理解の前提、すなわち、私的領域と公的領域の区分を、さらに強化することにもなった。 第二に、西洋「キリスト教世界」を前提にして構築されてきた「宗教」概念を相対化するためには、その概念枠組みの周縁や外部に位置づけられてきたもの(民俗信仰、パトリア、ナショナリズムなど)を再構成していく必要がある。近代日本の「宗教」概念の外延の一方の彼方には、「宗教」を超越する秩序原理として位置づけられた国民道徳や天皇制イデオロギーがあり、もう一方の彼方には、そうした秩序原理に反する「迷信」として抑圧された<民俗的なもの>があった。ここでの宗教概念は、それを超越・包括する「秩序」と、その境界線を下支えする「反秩序」とに挟まれた、いわばサンドイッチ構造をなしており、それが私的領域と公的領域の相互補完という日本型政教分離の前提となっていた。それは同時に、私的領域と公的領域の相互干渉を抑制する形で形成された近代西洋の政教分離に対するアンチテーゼとなっていた点において、西洋的政教関係を逆転写していたとも言える。
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