本年度は、いずれも19世紀後半~20世紀初頭を対象として、1.精神分析の「症候」概念を中心とした医学的症候学とその「推論的パラダイム」の考察、2.医学的症候学とヴァールブルクの「細部」や「情念定型(Pathosformel)」、あるいは「発見の論理」としてのパースの「アブダクション」といった発想との思想史的連関の検討とこれら学問諸分野における「徴候的知」をめぐる方法論の分析、という2点について研究を行なった。1に関しては、フロイトの著作に即し、モレッリとのつながりを視野に収めた検証を行なう一方、モレッリの絵画鑑定における、徴候となる細部重視の実態と医学的知との関係を精査した。とくに、モレッリが学生時代に偽名で著わした、美術史研究と自然哲学・生理学・薬理学的研究のパロディである二つの著作(『バルヴィ大王』と『悪魔の瘴気』)を対象に、美術と医学という両分野の接点を探った。2については、「匂い」のような下級感覚が誘発する情動が仮説形成のような知的活動や記憶の想起につながるという現象を中心として、ヴァールブルクとパースにおける発見法的論理の無意識的なメカニズムを分析した。これらの過程で、ヴァルター・ベンヤミンやジークフリート・クラカウアー、エルンスト・ブロッホといった批評・哲学の分野における「徴候的知」の体現者たちが、1920年代初頭に南イタリア、とくにナポリやカプリ島で一種の知的コロニーを形成していたという新たな視点を得た。なかでもベンヤミンやクラカウアーが注目した、バーゼル出身でポジターノ在住の作家ジルベール・クラヴェルが、この知的コロニーの精神的環境を知るうえで鍵となる存在であることを見出した。クラヴェルについてはほとんど刊行された資料が存在しないため、一次資料の収集を通じて、今後の研究の基礎とした。
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