本年度は、パースの「連続性の哲学」と九鬼周造の「偶然性の哲学」における偶然性・潜在性の宇宙の感知が、匂いのような漠然とした感覚によって喚起される一種の徴候的知によっている点をめぐる、比較思想史的な分析を行なった。また、アビ・ヴァールブルクにおける徴候的知の鍵概念である「情念定型」を方法論的な手がかりとして、さまざまな芸術作品や歴史現象に反復的に現われる原型的イメージについて中心的に論じた諸論考を、『イメージの自然史』と題した書物にまとめた。さらに、中井久夫による「メタ世界」論が背景としている、H.S.サリヴァンの精神医学理論や安永浩の「ファントム空間」論の検討に着手し、精神医学的言説に根ざした徴候的知の概念の明確化を進めた。認知科学および脳神経科学と密接に関係した「神経系イメージ学」の方法論的な吟味の準備作業としては、ショーペンハウアーと脳科学の接点をテーマとして、19世紀の視覚文化との関係を軸に論文にまとめた。初年度に徴候的知の系譜を探るうえで思想史的な重要性を発見した、1920年代初頭の南イタリアにおけるドイツ語圏知識人たちの文化的コロニーに関しては、作家ジルベール・クラヴェルの思想と活動を中心に据えた論文をケース・スタディのかたちで発表している。ヴァルター・ベンヤミンに多大な影響を与えた思想家フローレンス・クリスティアン・ラングについても、同じ文脈で思想史的な位置づけについて考察した。
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