本年度は4本の論文を仕上げることになった。依頼原稿としての制約などから研究計画に記したとおりのものではないが、いずれも本研究テーマに関する重要な理論的貢献といえるものである。 「《いたみ》の思想-《ポスト形而上学》の時代の唯物論」では、ポスト形而上学という哲学の現段階の水準における倫理のあり方を、ホルクハイマー、ベンヤミン、アドルノの影響関係の中から浮かび上がらせたものであり、フランクフルト学派の倫理思想の現代性を史的研究をつうじて示したものである。結果として本研究テーマの中心となる視点を提示し得たと考える。 「《真理空間》と《天使のまなざし》」においては、それとは対照的な方法をとり、言語論的転回以後の現代哲学の議論の枠組みからのアプローチをおこなった。認識論的なものにとどまらず倫理的な意味をも含む「正しさ」の観念の成立するコミュニケーション空間の把握としてアルブレヒト・ヴェルマーの《真理空間》論を取り上げ、その空間の中にベンヤミンが絶筆で書き遺した《天使のまなざし》に象徴される神学的救済のモチーフを位置づけることを試みた。フランクフルト学派の史的遺産を現代哲学の問題構成の中で考察したものであり、ヴェルマーの《真理空間》論は公共圏の理解に関しても基本的な視点を提供うするものといえる。 「《アドルノ》の今-二つの伝記を中心に」ではアドルノの伝記の検討しつつ、現代における文化的イコンとしてのアドルノの位置価について考察した。 「倫理と市場-「社会的交通の疎外」への一視角」ではマルクスの疎外論に対するハーバーマスによる批判を出発点としつつ、ハーバーマスの説くようなコミュニケーション論的な視角からの資本主義批判が、有名な《労働の疎外》論とはべつの《社会的交通の疎外》の概念に存在することを示した。フランクフルト学派の議論をより広い社会思想史の文脈と接合しようとした論考である。
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