本年度は、名古屋哲学研究会主催のシンポジウムにおける「〈時間の核〉と〈もの語り〉―ベンヤミンの歴史論」と題する報告にもとづき、名古屋哲学研究会の機関紙に同名の論文を執筆した。 論文の趣旨は、ベンヤミンの絶筆、通称『歴史哲学テーゼ』における歴史観の特徴を概観したうえで、ベンヤミンの主張する、勝者の側に立つものではない歴史の具体相を彼の物語論と関連付けることで示した。歴史哲学テーゼでは、連続的な進歩と捉える歴史観が、歴史の勝者の側に立ったものであり、進歩の裏面にある野蛮を忘却したものとして批判され、歴史の連続性の打破が史的唯物論に課された課題だとされる。では、敗者の側に立つ歴史といかなるものか。そのイメージの一端がエッセイ『物語作者』に示されている。人が、ひとから聞いた話をいったん自分の中に沈めたうえで語り継ぎ、その中で変容していく物語に、ベンヤミンはいわゆる敗者が紡いでいく伝統をみていた。 また上記の内容に加え、ベンヤミンが学生時代に師事したヘルマン・コーヘンの倫理的社会主義の立場との比較でベンヤミンの歴史観を考察し、ベンヤミンの歴史観がもつ思想史的位置を示した。社会民主党の歴史観につながることなった倫理的社会主義の立場に立ったヘルマン・コーヘンは、カウツキーの資本主義がその法則により没落するという自然主義的な史的唯物論理解を批判している。歴史哲学テーゼでは社会民主党の歴史観を批判しているが、コーヘンの立場を共有しており、コーヘンの理想主義的立場を、改変したといえる。 ベンヤミンのもの語り論は、ハンナ・アレントにおける公共圏に関する諸論への影響関係を持つものであり、もの語り論と歴史哲学を関係づけ、コーヘンとの関係を考察することからその思想史意義を明らかにすることができた。
|