科学研究費関連の今年度の研究は大きく三つのテーマを軸にして実施した。 1. 一つは、前年度に続いて、バーバーマスの批判理論にかんする考察を進め、彼め現代社会論にかんする初期の見解について、今日とは違った理論的可能性を発掘し、論文として発表しみた。バーバーマスといえば、今日ではコミュニケーション的行為や討議の理論など、言語を介した人と人との.関係に焦点を当てた社会理論で知られている。しかし1950年代の社会的合理化の理論には、人と物との関係を対象にして、合理性の新たな可能性を論じようとしたものがある。のちに放棄される理論だが、今日の科学技術のあり方を考える上であらためて注目に値する論点が存在している。 2. もう一つは、批判理論の内部で、現在めテクノロジーとその社会的あり方を中心にした議論(たとえばA・フィーンバーグの「技術の批判理論」)の流れを取り上げて吟味し、さらに技術的合理性の転換にかんするその見解を構想力との結びつきで考える可能性について考察した。ハーバーマスの批判理論には、科学技術の領域内における目的合理性の支配をその内側から転換しようとする試みが存在していない。新しいこの動向には、この点の欠落を補うものがある。この研究については、ドイツ・ライプチッヒで開催されたシンポジウムで、A New Horizon of the Critique of Technology : Critical Theory Todayと題した発表で成果の一端を公表した。 3. 最後に、対話的理性を政治社会学のコンテクストで具体化していく手立てとして、シティズンシップ論かんする研究に努めてきた。シティズンシップ論は、最近の注目されるようになった研究領域だが、日本ではまだ蓄積が十分ではない。バーバーマスには「国際法の立憲化」の可能性を探った大きな論考を発表しているが、この考えに着想を得ながら、コスモポリタン・シティズンシップ論を対話的理性の観点から再構成する試みをおこなった。
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