本研究は、クザーヌスの根源概念である一性概念の変容を、説教原稿から追っていくことを目的としたものであった。説教原稿に注目したのは、高位聖職者が自ら説教を行うことは異例であるにも関わらず、クザーヌスの批判校訂版全集のおよそ3分の1を説教草稿が占めており、著作ごとの彼の根源概念の変容とその意味を、間断なく行われた説教の原稿から時代順に追っていくことができる、と考えたからである。さらにクザーヌスが時代を導く教会政治家であったことに鑑みれば、説教に彼の体系を差し戻すことで、著作の体系的構造がいかなる枠組みのなかで当時の世界に活かされるかを浮き彫りにする、とも予想された。一連の研究を通しての主要な成果は、彼の一性概念が協和的一から絶対的一へと変容するにあたって、クザーヌスが一性を同一性と同定し、かつそれを絶対的同一とする背景には、プロクロス的一性理解の批判的超克があったことを明らかにした点である。プロクロス的な関係性を超絶した一性が、「分有されうるもの」を自らの内に含んだ一性となることで、一性と同一性の同定が可能となり、一性は創造根源を示す概念となりえた、ということを本研究は指摘することができた。また、クザーヌスの説教は救済史的な背景を持って語られるが、そこではアリストテレス-トマス的なハビトゥス形成の人間論が挿入されている。この中で創造根源の絶対性は、人間が自らの、また自らが属する集団のハビトゥスを相対化する範型として機能していることも明らかになった。一性概念が明確に同一性概念と同定されることは存在論の起点を築くのみならず、ハビトゥスがまさにそれに向けてのハビトゥスである起点の確定でもあることを指摘しえたことも、本研究の成果であった。
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