(1)本年度は論文「装飾の「プリミティヴィズム」ー十九世紀後半における産業/装飾芸術運動と「他者」概念の配置」(25年度中に入稿。26年4月出版済み)を執筆し、19世紀後半から20世紀初頭のフランスを中心とし、関係するイギリスの状況も含めて、当時の装飾芸術をめぐるド・ラボルドやソルディ等主要な著作の言説における西欧の「他者」、すなわち非西欧諸国の位置づけを具体的に検証した。モダン・アートを先取りする形で展開された装飾芸術の美学の形成において、こうした非西欧諸国と重ね合わされた特質の果たした役割を明らかにすると同時に、美術に先立ち、装飾芸術をめぐる言説を通して「プリミティヴィズム」と言える状況が展開されていたことを初めて明らかにした。またその中で、「プリミティヴィズム」の従来の概念をより深く掘り下げて考察し、ゴンブリッチやコネリー、ディディ=ユベルマンの見解を元にその概念構造を示すことで、20世紀の表層的な歴史事象の特質で語られてきた「プリミティヴィズム」の概念を「他者」概念をめぐるより本質的な問題として新たに捉え直した。 (2)これまでのジャン・デュナン研究を論文「アール・デコ期における漆装飾ージャン・デュナン」にまとめ、さらにデュナンに先立って漆装飾に携わった装飾家アイリーン・グレイの調査をアイルランド、イギリス、フランスで実施し、成果を「モダニズムを差異化するーアイリーン・グレイについて」と題して口頭で発表した。そこでは東洋に由来する「他者性」を帯びた素材として流行した漆装飾が両大戦間のフランスの装飾芸術に果たした意味を明らかにしただけではなく、漆装飾からスティールやガラスなどより産業的素材による調度や建築に移行したグレイの制作活動を通して、アール・デコ装飾とモダニズムの拮抗する関係と、「他者性」の関わりを明らかにし、(1)と合わせて装飾と「他者」の多様な位相を示した。
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