16世紀中期イタリアのクレモナ貴族出身で、人文主義のもと文芸や音楽の教育を受けたほか絵画制作を学び、絵画を描く女性としてスペイン王フェリペ2世の宮廷に招かれ、名声を馳せたソフォニズバ・アングィッソーラの絵画作品に関し、彼女の自画像が教養と才能・美徳(ヴィルトゥ)に満ちた女性、いわゆる「ヴィルトゥオーザ」としてのセルフ・イメージを演出する意図をはらむもので、その描写や銘文のうちに同時代の女性の美徳――父親に対する娘の従順さや処女性――が強調されていることを解明した。また、〈絵筆を持つ私〉としてのソフォニズバの自画像は、プリニウス著『博物誌』とボッカッチョ著『著名女性伝』が伝える古代の女性画家マルティアの再来を思わせるほか、古代ローマの沈黙の女神ララ――お喋りの罰に舌を抜かれた女神で、中世~初期近代の女性に要求された〈寡黙〉の美徳の範例とみなされえた――を想起させる。画架に向かう女性画家の姿が、言葉を欠く〈沈黙〉の芸術としての〈絵画芸術〉の寓意人物像と同一視された可能性が高いことを指摘した。S・アングィッソーラは近代史上最初の著名な女性画家として評価されてきたが、彼女の自画像は同時代の宮廷社会と人文主義的教養人の好みに適合する「ヴィルトゥオーザ」の理想の表象であって、個人の自己表象としての近代的な自画像というよりはむしろ、古代の女性画家や女神ララ、〈絵画芸術の寓意〉に深く結びついていたという点が重要である。 研究課題に関する同時代文献の翻訳と、拙筆の小論2件、参考文献一覧等をまとめた冊子として、喜多村明里『平成21-24年度科学研究費補助金(基盤研究(c))研究成果報告書 ソフィニズバ・アングィッソーラ研究:一六世紀イタリア女性肖像画の諸問題』を計100部製作し(A4版全54頁、2013年3月)、イタリア美術史の専門研究者など、国内の主要な西洋美術史学研究者に送付した。
|