当該年度は、前年度に行ったインドネシアの法具の調査における、膨大な資料整理を第一の目的においた。分析の結果、インドネシア美術史が中部ジャワ期、東部ジャワ期の大きく2つにわけられる中、法具の形状においてもそれぞれの時期において特徴を有していることが判明した。その成果をもとに、これらの法具の特徴が、東南アジアの密教の流伝においてどのような役割を果たすのかを考究するべく、周辺地域、すなわちカンボジアにおいて同様に法具の調査を行った。カンボジアを選択した理由は、文献資料から、歴史的にインドネシアとの交流が読み取れること、また、仏像に金剛薩〓、ヘーヴァジュラなどといった密教の仏像がみられ、法具も1点ではあるが書籍から確認できること、そしてそれらが比較的良い状態で保管されていることから、他の法具についても期待ができるものと考えたからである。加えて、この地域の法具の調査は未着手であり、その分析は必須のものと思われた。平成23年3月10日~22日まで、国立プノンペン博物館、国立アンコール博物館をはじめ、寺院調査にて、現存作例である鈴杵といった法具そのものや、それらを持物とする像、また壁画の像などの詳細な調査を行った。その結果、インドネシアの東部ジャワ期の法具の特徴を有するものが多いことが判明。また中部ジャワ期の特徴は、8世紀頃の金銅仏の持物にみられるが、実作例には確認することができなかった。このことは、カンボジアにおいて、ある種の密教儀礼が10世紀頃から行われていた可能性を示唆するものであり、また、インドからインドネシア経由にて10世紀以降に密教が伝播していたことを推察させる。すなわち、インドネシアの法具の分析結果が、東南アジア地域での密教の流伝を物語る論証になりえることを確認できた。
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