平成22年度においては、交付申請書に記したように、最重要作例であると同時に制作時期が異なる作例を含んでいるコーチのマッタンチェーリ宮壁画と、新たに州政府より許可を得たクリシュナプラム宮壁画について調査を行った。ただ、これらの調査に予想以上の時間か必要であったため、当初予定していたケーララ地方北部に残る壁面の現地調査は、次年度に延期することとした。クリシュナプラム宮壁画に関しては、一主題を大画面に構成した作例を中心としているものの、調査を完了した。マッタンチェーリ宮壁面は残存する面積が広いため、調査を完了することが難しく、次年度も調査を続行する予定である。 今年度の調査によって新たに明らかになったのは、以下の点である。即ち、ケーララ地方固有のヒンドゥー教壁画は、東に隣接するタミル・ナードゥ州の影響を受けて十二世紀頃から制作が本格化したと見られる。その後ヨーロッパ人、特にオランダ人やポルトガル人がこの地方を訪れることになり、理由は目下判然とはしないものの、北に隣接するカルナータカ州の絵画の影響が強く及んだことが、マッタンチェーリ宮壁面の一部からはっきり窺える。それと同時に、ヨーロッパ絵画の影響も時間を追って強まった。影響の詳細は、陰影の付け方がインド絵画の伝統に基づく場合より明暗の差が強いこと、あるいは描かれた種々のモチーフの内に、西方起源のものが多く現れること等である。またケーララ州は比較的領域が狭いが、同時代の作例でも地域や画家の違いによって判然とした様式差が認められることも特筆される。
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