本研究では、感性論の歴史的な出発点としてのプラトン思想を詳細なテキスト分析を通してもう一度見直し、アイステーシス(感覚、感性)についての議論の創始と発展のありようを明らかにすることに努める。21年度においては、プラトンにおける感性の理論が彼自身の哲学に不可欠なかたちで組み入れられた地点を明確にするために、対話編『パイドン』の前半部分を考察対象として、テキスト分析を行い、これまで美学の分野で着目されることのなかった魂と肉体の分離についての議論に対して新たな読解を試みた。欺きの現れに対立する似像的現れの働きを確保する思索の出発点として、『パイドン』のスキアグラフィア批判、浄化と想起に関する議論を位置づけた。また否定的観点から用いられているスキアグラフィアの概念を、他の対話篇に見られる芸術否定の議論と比較して検討した。感覚は肉体と結びついたものであるが、テキスト分析を通じて肉体のあり方に引きずられない感覚独自の機能をプラトンがこの文脈において示していることを明らかにした。浄化は魂と肉体の分離に関わり、肉体を否定するものであるが、感覚機能そのものをすべて否定するわけではなく、かえって、感覚を鋭敏化することに通じてもいるという解釈を提示した。こうしたプラトンにおけるアイステーシスに位置づけを、一部プロティノスの議論とも比較しつつ、ブリュッセル自由大学およびリヨン第三大学において報告し、他の研究者からの意見を伺うことができた。プラトンによるイデア論の導入は、感覚に関わる理論的考察にも裏付けられていることを確認することができた。
|