平成24年度は、共和制都市国家の守護聖人とその崇敬に関する基本文献をさらに読み進め、フィレンツェで崇敬された聖ゼノビウスを表象した14~15世紀の美術作品を調査し、12~15世紀のフィレンツェ共和制政府と司教の関係に留意しながら分析を進めた。聖ゼノビウスは初期キリスト教時代にフィレンツェ教会を創設した司教で、同都市の守護聖人として篤く信仰された。一般に、司教聖人を造形化する際には司教冠、大外衣、司教杖を持つ姿で表わされるが、聖ゼノビウスの場合はそれに加えてフィレンツェのユリの紋章、ポポロの紋章、共和国のシンボルのマルゾッコ(獅子像)、≪受胎告知≫のイメージと共に表わされ、聖ゼノビウスと一目で識別できる図像が1330年代に確立する。これは同聖人と共和制都市国家フィレンツェとの結びつきが強調されるようになったことを意味する。同時期のトスカーナ地方の共和制都市国家においては、都市の重要な聖遺物の管理の権限を政府が教会側から奪うという現象が見られたことから、こうした現象が聖人の図像に影響を及ぼしたと考えられる。 従って、14世紀、とりわけコムーネ政府の権力が司教の権力を凌ぐようになった1330~80年代の政治・社会的状況に注目し、同時期に制作された聖ゼノビウスを含む作品の調査を進めた。1380年頃にジョヴァンニ・デル・ビオンドが大聖堂のために制作した≪玉座の聖ゼノビウス≫には、聖人とユリの紋章に加えて8人の美徳の擬人像と3人の悪徳の擬人像が描き込まれている。聖人像と美徳と悪徳の擬人像の組み合わせが稀有であることから、シエナ政庁に1338~39年にアンブロージョ・ロレンツェッティが制作した≪善政の寓意≫及び≪悪政の寓意≫の図像と比較し、本作品が理想的な司教像と共和制都市国家フィレンツェの守護者のイメージを重ね合わせていることを指摘した。
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