今年度は、研究実施計画に沿って、ルネサンス期の奇蹟像の修復と複製制作の問題、さらに崇敬像と「芸術」性の問題について、現地調査と史料調査をもとに考察を進めた。 具体的には、ローマでは、「アケイロポイエトス」の権威をそなえた崇敬像に対して、手を加えることなく、人々の視線から遠ざけることでいわば聖遺物化し、「複製」で代用する傾向が見られた。数多くの複製が出回ることで、オリジナルの像以上に新たな複製が人々の崇敬を集めるという逆転現象も観察された。それに対して、由緒正しい真正な像を持たないトスカーナ地方では、礼拝像の権威を保持するために「加筆」や「置換」、あるいは別の像のなかに組み込む「再コンテクスト化」という論理が働いたことが推測された。さらに、15世紀以降の芸術様式や造形表現の歴史性に対する意識の高まりに応じて、古びた様式に超越的でヒエラティックな意味を見る態度も観察された。他方で、芸術的周縁ともいえるアルプス地方では、像に呪術性を認める傾向が強く、像の力を持続させたり再活性化させるためのさまざまな事例が確認された。 16世紀には、たとえば教皇ユリウス2世の意向により、伝統的な崇敬像とラファエッロの肖像・聖母像とが組み合わされて、真正とされるサンクト・サンクトールム礼拝堂の《救世主像》とサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂の《聖母子》の古くからの像儀礼を模した演出が行われた記録があり、崇敬像とラファエッロの「芸術」とが交錯する儀礼として考察の対象とした。そこでは、次第に像の「奇跡力」以上にラファエッロの「芸術的技巧」を見るために巡礼者が集まり始めるという価値の転換を認めることができた。 これらの研究成果は、本年度提出した博士論文(京都大学)の一部に発表し、2011年に刊行予定である。
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