ルネサンス文化における奇蹟像の地位や機能を歴史人類学的視座から再考する本研究において、今年度は、古くから格別の崇敬を受けたキリストの肖像に焦点を当て、芸術的価値が前景化する15、16世紀に、これらの像がいかに展開したのかを考察した。分析対象としたのは、ビザンツ帝国のなかでも周縁的な小国エデッサのアブガール王に贈られ、後に帝国の守護的象徴となったマンディリオン、ローマのサン・ピエトロ大聖堂に存在したという聖ウェロニカの聖顔布、ローマのラテラーノ宮殿の救世主像、ルッカのヴォルト・サント、プロフィールのキリスト像、トリノの聖骸布など、キリストの「真の顔」としての地位を認められ、数々の奇跡を生んだ肖像である。これら「アケイロポイエトス」イメージの伝承や崇敬や図像表現の歴史的変遷を明らかにするために、「テキスト」における伝承の構築と変容を追うとともに、「イメージ」の多様な展開を調べ、像の真正性がいかに根拠づけられたのかを分析した。 マンディリオンや聖顔布の場合、いずれもイメージが登場する前史に存在した聖遺物との深い関わりが認められ、ビザンツ帝国/西方ラテンという東西のキリスト教の教義に照らしつつ、聖遺物ではなくイメージが求められていく歴史的コンテクストや、その図像表現、複製概念、作者性の相違を考察した。 また、ルネサンス期に固有の礼拝像として注目したのが、プロフィールのキリスト像である。古代ローマ皇帝の肖像形式の一つであるプロフィールのメダル肖像をキリストに応用し、既存の聖像譚をさまざまに混淆することで像の真正性をいわば「捏造」し、新たなキリスト教の「古物」を偽造していく経緯がルネサンス人文主義のただなかで行われたことが認められた。 ルネサンスにおける芸術的技巧と像の礼拝価値との複雑な関わりを考える本研究は、イメージをめぐる歴史人類学という方法論的可能性においても意義のある試みである。
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