江戸時代の国絵図や村絵図、さらには琉球絵画という、これまで科学的調査がほとんど行われてこなかった作品を対象として調査を実施し、日本絵画材料の変遷に関する以下の知見を得た。 (1)江戸期国絵図・村絵図 江戸期の国絵図・村絵図は、製作年代や地域を正確に特定できる資料として、彩色材料の変遷を研究する上で重要な作品である。 製作年代および地域が特定できる国絵図4資料、村絵図22資料を調査し、村絵図資料の中に白色顔料として鉛白が利用されている作品を何例か見出した。江戸期絵画に使われる白色顔料は胡粉が中心であり、鉛白が使われている作品はほとんど報告されていない。一方、室町期以前の絵画では白色顔料の中心は鉛白であり、胡粉の使用例は少ない。今回、鉛白が見つかった村絵図では、絵図の修正箇所に塗る白色絵具として鉛白が使われていた。絵具としての用途ではなく別の目的で使っていたという事実の発見は、絵画材料の変遷を考える上で大変重要な結果である。 (2)琉球絵画 琉球王朝は、本土で鎖国政策を敷いていた江戸期でさえ、独自に中国との交易を行っており、琉球絵画は本土の作品とは異なった絵画材料が使われている可能性が大いに考えられる資料群である。 琉球絵画15作品を調査したところ、江戸期に相当する作品であっても、白色顔料としてはほぼすべて鉛白が使われており、本土内の利用状況とはまったく異なっている状況が明らかになった。また、緑色顔料についても、そのバリエーションは少なく、マラカイトを原料とする緑青がほとんどであった。琉球という地域性、中国との交易など検討すべき点は多いが、顔料の時代的・地域的変遷を考える上で大変貴重なデータを蓄積することができた。
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