文学や絵画におけるのと同様、第一次世界大戦は音楽史にも甚大な影響を与えた。それは西洋音楽史における最も大きな亀裂であるといっても過言ではなく、その「前」と「後」では歴史の風景がまるで変わったといってもいい。ソ連音楽の誕生、十二音技法の成立、ジャズの影響、新古典主義の流行など、大戦後に生まれてきた新しい音楽史潮流は枚挙に暇がないが、とりわけ重要なのは、従来の演奏会制度に支えられた自律美学の崩壊と、それに伴う演奏会音楽ジャンル(とりわけ交響曲)の衰退である。ヒンデミットらの機能音楽の誕生、ロマン派時代の自律美学(およびその延長として彼らが考えたシェーンベルクの新音楽)に対するアイスラーやクシェネクの批判的距離、ロマン派の自律美学のもとで生まれた「傾聴」型の音楽聴に対して「社交」型のそれを対置したハインリッヒ・ベッセラーの音楽美学などはすべて、第一次世界大戦後における伝統的な演奏会制度への疑問から生じてきたものなのである。2009年度においては、とりわけドイツの音楽批評家パウル・ベッカーの戦時中の思想の変遷に焦点を当てて研究を行った。ベッカーは自ら戦争に一兵士として参戦したが、開戦当初の彼は音楽の社会的参加を強く主張していた。それに対して戦後の一九二〇年代に入ると、音楽と社会の問題は彼の思想から消え、代りにハンスリックに似たフォルマリズムがキーワードとなるようになる。「音楽は運動する遊戯」以外の何ものでもないというのが、この時代の彼が繰り返し主張するテーゼである。恐らく社会学的美学から形式美学へのこの変遷は、第一次世界大戦を通した、音楽の社会的参画の不可能性に対する幻滅の結果であったと考えられる。
|