本年度は第一に、ドイツ・オーストリアにおける第一次世界大戦中の演奏会状況を、ベルリンおよびウィーンの資料に基づいて調査した。戦争勃発直後にはほぼ全面的に閉鎖された演奏会であったが、1915年のはじめには既に戦前と同じ頻度にもどり、とりわけ愛国心を高めるための慈善演奏会、さらには中立国へのプロパガンダの意図によってオーケストラやソリストが国家によって派遣するといったことが行われるようになった。これらは、一九二〇年代における音楽教育の国家による統制、さらにはナチスによる文化プロパガンダの萌芽であったと考えることが出来る。 第二に、ベルリン国立図書館音楽部に所蔵されている、音楽批評家パウル・ベッカーの手稿を調査した。第一次世界大戦中に彼は、兵士として西部戦線に派遣され、戦場において『ドイツの音楽生活』という著作をしたためた。これは当時ドイツで爆発的に売れ、音楽を社会との関係において考える、音楽社会学的な視点を確立することになった書物である。第一次世界大戦中にベッカーが友人に書き送った書簡からは、ベッカーがとりわけ「フォルム」という概念に非常にこだわっており、フォルムは決して自律美学が考えるような普遍的なものではなく、社会とともに絶えず変容し、常に社会的に規定されるものだったと考えていたことが分かる。 第三に、本年度はドイツの音楽学者ベッセラーおよびアドルノの一九二年代における著作の分析を行った。前者は、社会に参加する行動する音楽を希求し、逆に後者は、音楽は社会的なものの反映を徹頭徹尾拒絶することにより、逆説的に社会を反映し、ひいてはそれを批判し変えていく力を持つと考える。これらはいずれも、第一次世界大戦中に進行した、国家による音楽の統制という事態に対する、二つの対照的なリアクションであったと思われる。
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